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第37回 600万ドルの男 2014年7月

 1970年代の米国ABCテレビドラマで「600万ドルの男」"The Six Million Dollar Man"をご存知でしょうか?

 「600万ドルの男」は、NASAの宇宙飛行士であったスティーブ・オースティン大佐(リー・メジャース)が事故で左目、右腕、両足を失いバイオニック(Bionic)移植手術を受けサイボーグとなるというものです。この手術費用に600万ドル(当時の日本円で約18億円)かかったというのがドラマ・タイトルの由来です。

 ドラマのストーリーでは改造手術によって強化されたオースティン大佐の身体能力は、左目は望遠20倍で通常の可視波長を超えた赤外線も感知可能、右腕はコンクリートも砕くパンチを繰り出し、両足は最高時速60マイル(およそ時速100キロメートル)で走れるという常人の能力をはるかに超えたスーパーマンになって活躍するというものです。

 しかし、リー・メジャース扮するスティーブ・オースティン大佐が超人的なパワーを得て八面六臂(はちめんろっぴ)の活躍をするというストーリーはあくまでテレビドラマの話。生身の人間が四肢や視力、聴力を機械によって強化できるというのは、(石ノ森章太郎先生の作品に感化されている筆者としては)「島村ジョー(サイボーグ009)」や「本郷猛(仮面ライダー)」を連想させるものであり、現実世界では有り得ない夢物語なのだとすっかり思い込んでいましたが、どうやら現在は満更そうでも無さそうなのです。

 つい先日知りましたが、米国マサチューセッツ工科大学(MIT)のヒュー・ハー(Hugh Herr)博士は以前から特殊な最先端の義足を開発しているのです。その義足というのは下肢の状態を常時マイクロプロセッサで検知するセンサーを組み込み、それを膝にあるコントローラでコンピュータ制御し自分の脚に違和感なく装着できるという代物です。(自身の身体に)残された下肢先端の皮膚から出る微弱な電気信号をセンサーが感知し、それをリアルタイムにモニターし適切なプログラムで義肢を動作させることで、まるで自分の脚のように義肢を動かすことが可能なのだそうです。健常者は普段、意識していませんが二足歩行を可能にする下肢の動きはとてつもなく複雑です。その動きをコンピュータ制御されたモーター駆動による運動補助が可能な機械の義肢にて動作を再現する試みなのです。まさに攻殻機動隊の世界です。

 この様な試みをバイオ「生物」、メカニクス「機械」、エレクトロニクス「電子」を合わせて「バイオメカトロニクス」もしくは「バイオニクス」(Bionics)と呼称するのだそうです。

 過去記事(「第10回 OK Computer」)で近年において未来が急接近してきていることを話題にあげましたが、特撮ドラマの中だけの話だと思っていたサイボーグ(バイオニクス)というテクノロジーが実用されているという事実には本当に驚きました。

 実はこのヒュー・ハー博士ご自身が十代の頃、登山の凍傷により両足を切断しているのです。彼はそこで「もう登山はできない」と医者に宣告されてしまいます。普通の人であれば、そこで登山を諦めてしまうのでしょう。ましてや登山どころか日常生活にも支障をきたすことを想像して将来にも絶望してしまうのかもしれません。

 しかし、博士の意志(精神)は常人のそれとは大きく異なる様子です。事故や病気、あるいは先天的に身体の一部が欠損したことが身体の障害であり、欠損した自分の体躯を補完するために器具を用いるという従来の考え方ではないように見受けられます。単に補完するのではなく新たにデザインされた四肢として目的に応じて増強、あるいは拡張するのだという超ポジティブ・シンキング(前向きな考え方)です。ロック・クライミングは勿論の事、目的毎に四肢を拡張可能な高機能な義足を作り出そうとしたのです。彼の持つ生きる力は素晴らしいと感嘆せざるを得ません。そして彼曰く「障害は"人間"にあるのではなく、"テクノロジー"にある」と。博士は、この自らの発言を実現していったのです。

 博士の意図する義肢は幾度となく目的に沿う機能や改良を加えながら現在実用の域に達しており、それは今後もセンサーやコンピュータなど周辺技術が発展するのと同調しながら、更に加速し進化するものと考えられます。

 ヒュー・ハー博士は自身が開発したバイオニクス義肢でロック・クライミングに再挑戦するまでに至ります。数々の開発した義肢を自らのみならず必要とする方々に提供し始めます。そして2013年に起きたボストンマラソンの惨事で片足(左脚の膝から下)を失った女性(エイドリアン・ハスレットデイビスさん)が社交ダンサーであったため、ダンスが踊れるように彼女のために義肢を作ろうと考えました。但し、通常の歩行でさえ複雑な動きをとるのですから、ダンスを可能にする義肢の制御を行うには(憶測ですが)今までの何倍もの技巧が必要とされるのでしょう。

 ところで「600万ドルの男」からスピンオフしたドラマシリーズに「地上最強の美女バイオニック・ジェミー」"The Bionic Woman" があります。ジェミー・ソマーズ(リンゼイ・ワグナー)がスカイダイビング中の事故により瀕死の重傷を負うもののバイオニック移植手術を受けることでオースティン大佐同様にバイオニック・パワー得て活躍するというストーリーです。

 社交ダンサーであったエイドリアンさんが、博士が新たに開発したダンス専用バイオニクス義肢を装着して軽やかにパートナーと社交ダンスを踊るのは感動を誘う光景でした。力強く軽やかにダンスを踊る彼女はまるでバイオニック・ジェミーが降臨したかのようでした。

 これはヒュー・ハー博士とそのチームが新たな分野へ機能拡張成し遂げた功績であると同時に、エイドリアンさんがダンスに対する情熱と同時に、博士に負けず劣らず強い意志を持っていることで成し遂げた快挙と言えましょう。その証拠にエイドリアンさんは事件の翌年である2014年4月にボストンマラソンに再度出場して完走を成し遂げているからです。義肢を装着している彼女自身も義肢を創った博士同様に不屈の闘志を内に秘めていることが分かる証拠であり、二人の意思の賜物であると想います。

 このようなバイオニクス義肢の研究はヒュー・ハー博士だけではなく(同じくMITの)遠藤謙さんという方も天才エンジニアとして多くのメディアに取り上げられています。彼は親友のために失った脚を取り戻すべく、ロボット義足を開発しているのだそうです。

 彼らに代表される強い意志を持った研究者たちが、近い将来に快適な義肢を開発してくれることは疑いようがありません。やがて義肢が日常生活での苦労や不自由さを解消するだけに留まらず、山ではアイゼン、海ではフィンといったように様々なシチュエーションのスポーツを目一杯楽しめるようになるかもしれません。願わくは、バイオニクス義肢が普及することでコモディティ化されて手に入れ易くなり、それが必要とする方々皆さんに行き渡ることで自分専用のバイオニクスを装着できる未来になって欲しいと強く想います。

 そして「意志こそが未来を切り開く」"We Will Rock You"なのだと理解しました。

 次回もお楽しみに。

 


 

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