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第83回 鼻からちょうちん (藤江一博) 2018年11月

『馬の骨』:

日本のロック黎明期の1970年代初頭に「村八分」(むらはちぶ)というバンドがいたそうです。
「いたそうです」と書いたのは、そのバンドの名前だけは知っていましたが興味を持ち出した当時にはレコードが出回っていなかったために、「村八分」というバンドが演奏する楽曲を聴いたことがないためです。

「村八分」という名前は友達から伝え聞いたのか、もしくはどこかの雑誌で読んだからなのか、名前だけは知っていたので多分現実に存在するのでしょうけど、実際に音を聴いたことがないので「なんかもう凄いバンドなんだろうなぁ。」と夢想するだけで自分の中で伝説のバンドになっていました。

当時から音楽愛好家界隈では伝説のロックバンドとされていたそうですが、音源は出回っておらず楽曲を耳にすることはおろか、田舎のロック少年にはわずかな情報すら入手できません。
選択肢が少ない当時発行されていた幾つかの音楽雑誌の入手すら困難です。ザラザラした質の悪い紙質に掲載されたバンドが写っている画素数が少ないモノクロ写真、簡単でよくわからない視点で解説されたレコードレビュー、適当に割愛されたバンドのインタビュー記事の文章を貪って、情報に飢えていたのです。

インターネットが無い時代だったのです。

実際に肝心の音を聴いてないのですから「村八分」にのめり込むこともなく、その後に次々と登場してくる新しい波のロックや歌謡曲、そして輸入盤レコードで聞くことのできる様になった海の向こうからやってくる洋楽ロック、テレビで流れるキャッチーな新興の音楽群に視線が注がれて興味が向けられてしまうのは当然の成り行きです。

そのうちに、「村八分」というバンド名すらも自然と記憶から消え去ってしましました。

 
 
 
 

『夢うつつ』:

「キンキン」こと「愛川欣也」が司会する「リブ・ヤング!」が1972年からテレビ番組として放映されていました。このテレビ番組「リブ・ヤング!」は、お題目通りに若者向けの音楽、映画、ファッション等を紹介する情報源となった番組だそうですが、早熟の筆者ですが小学生になったばかりの頃でしたので「仮面ライダー」に夢中で、流石に若者向け番組を見たことはありません。

この見たことがない「キンキン」司会のテレビ番組でロックバンドが演奏したスタジオライブの音源を収録したCDを最近手にしました。
あの「村八分」が「リブ・ヤング!」に1973年の生放送に出演した時に収録された音源が残っていて、そのテレビ番組で録音された音源が後年になってシングルCDとしてリリースされた「Recorded Live'73」でした。

この「Recorded Live'73」を「ジャニス」で見つけたのです。ジャケットがカッコ良くてシングルだと知らずに借りて聴いてみました(ジャニスについては過去記事『第81回 僕は問題ありません』も併せてご参照くださいませ)。

 
 
 
 

『くたびれて』:

女性ロックシンガーの草分けである「ジャニス・ジョプリン」"Janis Joplin" の名前を拝借した「ジャニス」"Janis" は、レンタルレコード屋さんです。

ジャニスのオープンは1981年9月21日だそうです。2018年になり三十七年間を経て営業続けてきたお店は2018年11月を以て営業を終了することになりました。インターネットが普及してストリーミングで音楽や映像を視聴可能になった生活環境の変化が大きくお店の経営に影響したのだろうと憶測されます。

筆者がこのジャニスの存在を教えて貰ったのはごく最近ですので、短いお付き合いになってしまいまして残念です。もっと早く知っていれば、もっと色んな音楽に出逢えたのかもしれないと考えると、それはそれはとても残念です。

しかもジャニスのレンタル業務は10月末で営業終了となるというニュースを聞きつけたので10月下旬になりますと、どうしようもなくそわそわし出して、それはそれはとても名残り惜しくなりました。そこで月末近くになると何度も何度もジャニスに出向いては、同じ想いの方々で大混雑する店内を這いずり回って今まで聴いたことがないCDは無いのかと徘徊しておりました。
押し合いへし合いする店内を這いずり「悪い子はいねか」と独り言を発している時に発掘したのが、前述の「村八分」の「Recorded Live'73」です。

当初、ジャニスへの来店目的で、這いずり回って探していたのは「RCサクセション」の音源コレクションをフルコンプ(完成)しようとしていたのですが、他の方にごっそり借りられてしまって棚がスカスカでした。思うように聴きたいCDがみつかりません。

そこで「細野晴臣」はじまりで「キャラメル・ママ(ティン・パン・アレー)」、「イエロー・マジック・オーケストラ」"Yellow Magic Orchestra, YMO"、そして YMO 関連で「シナロケ(シーナ&ザ・ロケッツ)」という流れの系譜を探索し、また「忌野清志郎」はじまりで「RCサクセション」、「ザ・タイマーズ」"THE TIMERS" 、「古井戸」(バンド名です)、「井上陽水」へという繋がり関連、更には時代を逆行しロック黎明期へ遡って「SHŌGUN(ショーグン)」(バンド名です)、「外道」(バンド名です)、「ブルース・クリエイション(クリエイション)」などと片っ端から貪りました。

途中でよく知らない名前の新興バンドを見かけて挑戦して聴きたいなと蹌踉めき(よろめき)ながらも、本線としての日本のロックへ原点回帰するために遡って行こうという方向性を見失うことなかれと自戒しながら棚に残った盤面を漁っているときに、急に思い出したのです。
唐突に切れていたシナプスが繋がって大脳皮質の灰白質で開かずの部屋に仕舞って捨て置かれた扉が開かれて、「そうだ、村八分(バンド名です)が聴きたい」と過去の記憶が蘇って名前が浮かんだのです。

徘徊している周辺に隣接する日本ロックの棚を探してみると辛うじて「村八分」の CD が何枚か残っていました。
ジャケットに記載されているタイトルを見ると「UNDERGROUND TAPES~1973 京都大学西部講堂」などと書かれているので「村八分」の音源のほとんどがブートレグの類の様子でした。相当、録音状態が悪いだろうなと警戒しました。確か一枚くらいは正式リリースされた筈のレコード盤「村八分ライブ」があることを辛うじて知っていたのでそれを探してみましたが、その肝心のライブ盤は見つかりませんでした。

手にした盤の中に一枚だけカッコイイジャケットの CD がありました。
「Recorded Live'73」と書かれていたのでスタジオ録音で少し音がマシだろうという期待を秘めておきました。

 
 
 
 

『鼻からちょうちん』:

何枚か借りた「村八分」の中で一番イケてるジャケットのCDが気になっていました。
モノクロで五人のバンドメンバーが影絵になっているジャケットがカッコイイのです。
はじめて聴く「村八分」。
円谷プロばりのジャケットのこれから聴くことにしました。

 
 
 
 

鼻からちょうちんぶら下げて
よだれベロベロ 垂れ流し
口紅べにべに 塗りつけて
いかした君の ちんどん屋

 
 
 
 

ブギを感じさせるフックが利いたロックンロールのゆっくりとしたギターリフから先導されて始まる楽曲は古さを全く感じずカッコイイのど真ん中です。
そしてこの歌詞とボーカルスタイル。
出だしからノックアウトです。
聴けば聞くほどカッコイイです。
「AC/DC」バリにカッコイイです(「AC/DC」は、バンド名です。オーストラリアのハードロックバンドです)。

ギタリストの「チャー」"Char" は、後年になって「セックス・ピストルズ」"Sex Pistols" を聴いた時に「これ村八分と一緒じゃん」と発言したらしいのですが(有名な逸話との事)、英国パンクロックの始祖として君臨する「セックス・ピストルズ」が世の中に露呈したのは 1975年以降の話で、Sex Pistols のファーストシングル "Anarchy in the U.K." がリリースされたのは1976年です。

英国発のピストルズが世界を席巻してパンクロックで大英帝国を築く数年前には、極東の島国である日本で「村八分」というロックバンドが燦然と燃えて鋭い光を解き放っていたのを知っていたのは、限られた人たちだけでしょうが、間違いなくその時代その場所に炎が立ち上っていたのを確認できました。

村八分が強烈な個性を叩きつけてくる荒っぽいグルーブ感は、このロックンロールバンドが唯一無二の存在であることを何人たりとも否定できないほどに体現しているのです。

「Recorded Live'73」と題された盤はシングルCDの扱いで「鼻からちょうちん」と「にげろ」二曲しか収録されていませんでした。このCDは前述の「愛川欣也」が司会を務めるTV番組「リブ・ヤング!」で1973年に生放送出演したスタジオライブの音源を収録したものだったという事は、聴いた後で知ったのです。

でもこの二曲だけで伝説ロックバンドであるこということは筆者如きにすらも十二分過ぎるほど皮膚が痛いほどに体感できました。

 
 
 
 

『のうみそ半分』:

「村八分」は、「チャー坊(柴田和志)」、「山口富士夫」の二人が意気投合して結成される際に初期メンバーとして「テツ(浅田哲)」、「青木真一」と「恒田義見」が集まりました。

ボーカルとギタリストの二人ですが、バンド結成する際にメンバーとして選んだサイドギターとベースギターは楽器がほとんど出来ない素人をどうやら参加させたみたいです。しかもドラマーは高校生をスカウトしたのです。
その選出理由としては色々考えがあったみたいですが、京都人でバンドの面子を組みたかったらしいのが一つ。それと、メンバーを束ねるギタリストの「山口富士夫」は、自分がもう一人のギターとベースの面倒を見てサポートをすることでステージに上がればバンドしてなんとかなる(成立する)という自信。そして、バンドのイメージはカリスマボーカルの「チャー坊」が担ってくれるという安心と役割分担があったからだと察します。

ですが、ロックバンドの屋台骨のリズム隊の一角を担うベースが頼りないという面子は致命的にも思えます。ある意味でギターは装飾でベースとドラムがしっかりしていれば、何とでも形になりますが逆は成立しそうに到底思えません。

山口冨士夫はチューニングすらも儘ならない青木真一にベースを持たせたのですが、冨士夫がこまめにサポートしました。ギターが弾けない浅田哲には、これまた冨士夫がいつも横にいて教えてあげていたそうです。手厚くサポートしていた様子は、「村八分対談」と題された記事で初代ドラマー「恒田義見:と二代目ドラマー「上原"ユカリ"裕」による村八分歴代ドラマーのインタビュー記事で回顧していました。

実際に村八分のライブでの楽曲がほとんどギターリフから始まるのは、リズム隊がリズムをキープ出来ないからという理由だったらしいのも納得できます。ですが、それすらもカッコよくて痺れてしまう彼らの個性になっているのは、間違いありません。

現在では、メンバーのほとんどが既に鬼籍(きせき)に入っています。
唯一無二の個性の彼らの演奏を聴くことがもう出来ないのは、残念です。

 
 
 
 

『天まで昇れ』:

新しい血が入るのは刺激になります。

同じ面子でいつも同じ顔を突き合わせていれば、いくら仲が良くても流石に少し見飽きているかもしれません。
外からの新たな刺客(敵か仲間かはわかりません)が合流すれば、今までの仲間内の関係もこれら触媒を経て何かしらの化学変化を起こすかもしれません。

新しく参加される方にとっては、仕事で覚えることも多いですし環境に慣れるまでには時間が必要でしょう。
ましてや新社会人として面子に参加される方々は、いわば素人でありますので単に仕事を覚えるだけではなく周囲に散乱している込み入った縦横の人間関係への参入や自分自身の生活サイクルも一変します。それら含めてすべてが新鮮で慣れないことばかりでしょう。

短期的には、早く一人前になるんだという意欲も大いに大事ですし、また長期的には、これから始まる長い自分の人生を大きく左右する「仕事の仕方」がたぶん最初の数年で決まっていくのかとも思います。少しくらい遠回りになったとしてもはじめの一歩一歩を着実に歩んで自分の糧として蓄えていくことが、後々に長い道を歩んでいく際の大事なエネルギー源となってくれます。

元服(成人)するまでに培った自分の性格までを大きく変えることは出来ないでしょう。
それ以外の、どうやって仕事を覚えてそれを遂行するのか、という自分なりの手順。日々の鍛錬(知識、技量の習得)を重ねて刷新し陳腐化しないようにするためには何を励行すれば良いのか。自分だけのルーティーンを確立して「癖」をつけるようにしなければならないでしょう。
これを最初に身に着けておかないと人間は怠惰な生き物ですから、日々の鍛錬が疎かになって何時しか怠けるようになってしまい、どこに行っても通用しないと苦しむ結果に陥ってしまう羽目になるのかもしれません。
最初にスキームを確立することが大切になってくるかと思います。

また新しい方々を受け入れる側では、そこはかとなくサポートしなければいけない先輩たちや、直接面倒を見る羽目になるメンター(指導者、助言者)には、大きな負担になります。
実際に仕事を遂行しつつ自分の時間を削って面倒を見るのですから、過剰な程に世話好きの方でなければ、とても付き合いきれないでしょう。特にメンター役割の方は御苦労されることになるのでしょう。
それら負担については、もしかするとそれすらも今までの我々の行動を見直す切掛けになるかもしれません。

新しい血を入れて敢えて混乱を招くことが、曳いては長く健全に血脈を継承する最善の処置かもしれません。健全な組織には、いつも小さな革命が必要とされるかもしれないと思うからです。

この新しい血で鬼が出るか蛇が出るかは、皆さんの眼でご確認ください。
新メンバーが明日に向かって着々と準備を進めている様子です。
これから次々とライブでご披露する予定です。

 
 
 
 

『にげろ』:

村八分がバンドメンバーとして楽器が弾けない素人を面子に加えたのは、単に仲の良い友達と誘ったのか、それとも新鮮な感覚を入れたいと考えたのか、どちらにしても彼らを仲間として受け入れる度量、懐の深さと中心人物たち個々の自信があったことでしょう。それに、失敗しても気にしない、もしくは、何度でもやり直せるからというように、まったく気負ったところが無かったのだろうと考えます。

入手したCDで聴ける音源はテレビに生出演した1973年に収録されたものですが、同年に「村八分」は解散しています。
解散の理由を良くは知りませんが、彼らに潔さ(いさぎよさ)は確かにあったのだと思います。

まぁ、やる事やる事が裏目にでて上手く行かない時もあるでしょう。
何かに執着してしまって、あんまり頑張りすぎなくても良いかもしれません。
やれるまでやって、それでも駄目だったら逃げてもいいでしょう。

 
 
 
 

あー燃える炎
どうして消すやら

 
 
 
 

気持ちだけ残っていれば、何度でもやり直せるハズです。
解散してしまっても、また再結成すればよいのですから。
そんな感じでいくらでもやり直せる余裕を持ちたいです。
覚悟は決めますが、潔さも忘れないようにしなきゃ。

次回をお楽しみに。

 


 

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