IT・技術研修ならCTC教育サービス

サイト内検索 企業情報 サイトマップ

研修コース検索

コラム

AI活用時代にPythonで見る夢

CTC 教育サービス

 [IT研修]注目キーワード   Python  UiPath(RPA)  最新技術動向  Microsoft Azure  Docker  Kubernetes 

第18回 研究と論文発表 (辻真吾) 2021年8月

はじめに

研究をしてその成果を論文として発表するというのが、研究者のお仕事です。私は自分のことをあまりまともな研究者だと思っておりませんが、研究のよいところは何人かで1つの論文を仕上げられるところです。2021年の5月に、優秀な共同研究者に恵まれて、病気の治療薬を機械学習アルゴリズムで見つけ出す方法に関し、その成果を論文にして発表することができました。タイトルは、Artificial intelligence-based computational framework for drug-target prioritization and inference of novel repositionable drugs for Alzheimer's diseaseです。オープンアクセスなのでどなたでも閲覧できます。論文の内容を説明すると専門的になってしまうので、今回は論文を出すということがどういうことなのかについて紹介します。研究不正や論文の取り下げなどが一般のニュースになることもあるので、論文に関する基本的な事柄を紹介しつつ、最近のトレンドについてもお話しします。

論文の著者

研究はたった1人で遂行されることは稀です。何人かの研究者がそれぞれの強みを持ち寄って1つの研究が完成するというのが普通です。研究に関わった人の名前は論文の著者に並びます。著者には並び順があって、その研究を実際に行った中心人物が先頭に来ます。これは筆頭著者(first author)と呼ばれます。著者が何人も並ぶ場合、だんだんと貢献度合が下がっていくのが普通です。ただ、一番後ろはまた別の意味があって、偉い人がきます。偉いというのは、例えば研究室の主宰者である教授や准教授です。意味としては、研究のためのお金を獲得してきて、その研究を主導した人物ということになります。この1番後ろの著者が責任著者(Corresponding author)となることが多いようです。責任著者は研究の責任者のように聞こえますが、むしろ連絡著者という意味が強いです。論文を出版するまで出版社とのやりとりに責任を持ちます。
論文の著者の役割とその並びに関しては、完全にきちんと決まっているわけではありません。例外も沢山あります。まず、筆頭著者ですが2人以上居ることもあります。今回私が出した論文も筆頭著者が2人居ます。こうした場合は、equally contributed(等しく貢献)という注釈を付けて、それらの著者の貢献度が同じであることを明記します。ちなみに、今回の共同筆頭著者の長谷さんは非常に優秀な研究者です。長谷さんのおかげで論文が日の目を見ました。
責任著者も一番後ろの著者とは限りません。実際、今回の責任著者は私です。また、著者の並び順は学術分野によっても習慣が違うようです。アルファベット順で著者を並べるというやり方も時々聞きます。最近は世界的な共同研究から出される論文もあるので、その場合は著者が数百人、場合によっては1000人単位ということもあります。こういったときは、著者の一覧を論文の1ページ目ではなく、後の方のページにまわすこともあります。

論文は雑誌に出版する

論文は論文誌、つまり雑誌に出版します。雑誌というと週刊少年ジャンプや週刊新潮を思い浮かべるかもしれませんが、まあ似たようなものです。雑誌は出版社から発行されています。少年ジャンプは集英社、週刊新潮は新潮社です。漫画の持ち込みや特ダネの垂れ込みと同じで、論文が完成したらまず出版社へ送ります。「すごいいい論文ができたので、ぜひ御誌に掲載してください。」というお手紙(cover letter)を付けるのが一般的です。漫画なら、竹書房より集英社に持ち込みたいかも知れません。研究論文の世界も同じです。雑誌には人気があります。生命科学の分野で世界的に人気があるのは、Cell、Nature、Scienceです。このうち、NatureとScienceは生命科学以外の分野からの論文も集まってくるので、競争は熾烈です。
昔はCD-Rなどに論文を焼いて、EMSといった国際郵便で出版社へ論文を送りましたが、いまはほとんどWebシステムから投稿できます。また、紙媒体を持たない研究雑誌も多くあります。
出版社に届いた論文はまず編集者(Editor)の手に渡ります。編集者は、論文の内容が自分の雑誌の分野と合致していて、出版しても良さそうだと判断した場合、査読者(reviewer)を数人選択して、査読者に査読を依頼します。NatureやScienceといった超人気雑誌では、世界中から山のように論文が届くので、査読にまわることすら困難です。その昔、Natureにとある論文を投稿したときは、3日で却下の返信がありました。これは編集者の判断です。少しでも話を聞いてもらえるように、NatureやScienceの編集者とお友達になることは重要です。コネが無くても扱ってもらえるくらいの研究成果を出したいものですが、なかなかそうもいきませんので。
査読者はある日突然のメールで、編集者から論文の査読を依頼されます。論文の著者が、査読者の候補を編集者に伝えることもよくあります。また逆に、査読者として選んで欲しくない人を指定することもあります。これは、同じ研究分野のライバルグループに、結果をいち早く知られたくない場合です。査読者は論文を熟読し、必要な情報がきちんと書かれているか、論理展開に無理がないかなどをチェックします。ただ、論文に書かれている実験を実際に再現することはほとんどありません。書いてあることは信じるというのが基本です。ですので、実験結果に嘘を書かれると、見抜くのは至難の業です。研究不正が後を絶たないのはここに原因がありそうですが、査読者も暇ではないので実験自体の再現を課されたら、誰も査読を引き受けなくなるでしょう。ちなみに、論文の査読はボランティアです。報酬が出版社からでることはありません。
査読者は次のなかから対応を1つを選びます。OK(accept)、だいたいOK(minor revision)、直せばOK(major revision)、まったくダメ(reject)の4種類です。「だいたいOK」と「直せばOK」の境界は曖昧です。とんでもない手直しを要求してくる査読者ではなく、ちょっとした手直しでOKしてくれる査読者に当たると幸運です。査読者は通常複数人いるので、最終的な判断は編集者がします。一般的には、査読者からの指摘を受けた著者が論文を修正し、査読者が納得すれば編集者がOKを出すという流れです。

最近のトレンド

論文出版には時間がかかります。査読者が期限までに査読してくれなかったり、編集者が査読者を見つけるのに手間取ったり、原因はいろいろありますが、数ヶ月から半年くらいの時間が一般的にはかかります。研究の世界は日進月歩ですので、誰が先に思いついたかを世に示すことは重要です。そこで近年、プレプリントサーバと呼ばれる論文のレポジトリが興隆しています。プレプリントとは査読前論文の意味なので、文字通り査読前の論文を公開できるサービスです。今回の論文も出版前にbiorxivというレポジトリに投稿しました。プレプリントサーバへの投稿は単なるアップロードと同じです。このアイディアは誰が先に思いついていたんだ?という論争になったとき、プレプリントサーバに論文があれば「私が先です」と胸をはって主張できます。最近は、プレプリントサーバで論文を公開した後、査読付きの論文誌で正式に発表するというステップを踏む論文も多くあります。また、プレプリントサーバは優秀で、論文が正式に発表されると、その雑誌へのリンクを自動的に生成して付与してくれます。
オープンアクセスも最近のトレンドです。これまで論文は雑誌を購読している人しか読むことができませんでした。それは当然という感じもしますが、研究成果の場合は、その内容を世界中で共有できた方が良いのではないかという考え方もあります。論文を出す方にとっても、オープンアクセスなら誰にでも読んでもらえるので、注目される可能性が高まります。しかし、そうなると出版社はどこでお金を儲けるのでしょうか?これは論文の著者からとります。今回の論文も出版するために、35万円ほど支払っています。

おわりに

今回は、論文出版の一般的な流れを紹介しました。論文を作るのは大変ですが、やはり出版されると形になるので、達成感はあります。共同研究者の長谷さんには感謝の気持ちでいっぱいです。次はいつ、まともな論文を作れるかわかりませんが、情報科学寄りの論文を作って見たいなと思っているので、この連載が続いているうちに出版してまたご報告できると良いかなと思っています。

 


 

筆者書籍紹介

いちばんやさしいパイソンの本
Python スタートブック
  ――Pythonの基本をしっかりマスター

まったくのゼロからでも大丈夫

辻真吾 著
B5変形判/352ページ
定価(本体2,500円+税)
ISBN 978-4-7741-9643-5
詳しくはこちら(出版社WEBサイト)
Pythonスタートブック増補改訂版

 [IT研修]注目キーワード   Python  UiPath(RPA)  最新技術動向  Microsoft Azure  Docker  Kubernetes